2015年4月22日水曜日

2015年のリサイタルによせて


皆様、お健やかにお過ごしの事とお慶び申し上げます。

東京文化会館小ホールの改修工事に合わせ、去年はリサイタルをお休みさせて戴きましたが、今年の2015年は、6月6日(土)の午後6時より東京文化会館小ホール、7月5日(日)午後5時よりザ・コンサートホール(名古屋・伏見・電気文化会館)にてピアノ・リサイタルを開かせて戴くこととなりました。

ベートーヴェンの「嵐のソナタ (Sturmsonate)」と呼ばれている「テンペスト」について、恩師アンナ・シュタードゥラー先生は「これは、内面的にもやり甲斐のある、素敵なソナタよ」と満面の笑みで仰られ、先生の目は「楽しいわよ~」と言わんばかりに輝いていらっしゃいました。

私は、このソナタは“嵐”が吹き荒び、さぞかし激しい向かい風と、顔に鞭のように当たる雨の中を前へ進まなければならない“物語”なのであろう、と想像しておりました。しかし、そこには“運命を象徴する嵐”と、どのような嵐も乗り越えてゆく“嵐よりも強い心”、そして嵐で傷つき力尽きる心を癒し“嵐を光に変える女神”の物語があったのです。嵐を乗り越える人の心と、女神の想像し尽くせない程美しい心のやりとりは味わい深く、本当に「楽しいわよ〜」なのです。

ショパンのバラード第2番 ヘ長調 作品38は、先生に教えて戴いた最初のバラードで、もうすぐ今年で40年の“お付き合い”になる作品です。「このバラードはね、もの凄く美しいのよ。ほら、このように始まるの」と仰られ、シュタードゥラー先生はバラードを奏で始められました。すると、透明で、内側から柔らかく輝く音達が歌を歌い始め、それは、まるで夢の世界の出来事のようでした。この始まりの美しい“歌い”は、その後のドラマチックなパッセージでも引き継がれ、この美しいバラードを習わせて頂ける幸運を噛み締めたものです。

4月末に発売のCDでは、リストの作品を録音致しましたが、どこの国でもよく聞く“技巧至上主義”で“魂抜き”の演奏ではなくて、リストの技術面の“向こう側”にある、音楽的な内面を実感して戴きたいと願い、新CDの作曲家にリストを選ばせて頂きました。

「ラ・カンパネラ」は、機械的な弾かれ方をされる事が多いので、私はそれがとても残念でなりません。この曲のもつ哀しさと優しさは、奏でる人と聴く人が共に静かに涙します。深い悲しみに遭っても人への思いやりを失わず、それどころか更に深い優しさを育んできた心と、純粋無垢で愛らしい心が特徴的な作品です。フィナーレでは、まるで「もう他の人には同じ想いはさせたくない!」という魂の叫びが感じられます。

「リストのソナタ」と聞いて、ヨーロッパでは多くの方々がゲーテの大作「ファウスト」を思い起こすと思います。一人の人間の魂を巡っての悪魔の謀略に、人の浄らかな愛と温かな心の力が果たして立ち向かってゆけるのかどうか。雄大なスケールのドラマが繰り広げられる「ファウスト」を、”音楽を通して観る映画”さながらの、手に汗握る迫力と、心打たれる優しさの物語としてご堪能戴ければ幸いでございます。

2015年4月吉日 日本ベアタ・ツィーグラー協会 藤原由紀乃